40歳を過ぎても変わらない三宅健さんですが、V6結成前から莫大な人気を博していました。
今回は、三宅健さんのジャニーズ入所やJr.時代のエピソード、尊敬する先輩や前事務所退所についても紹介します。
最後には三宅健さんの仕事の価値観もわかりますので、ぜひご覧ください。
元V6三宅健のジャニーズ入所歴
【引用元】https://tobe-official.jp/artists/kenmiyake/biography
出身地:神奈川県
年齢:44歳(2024年5月現在)
身長:164cm
血液型:O型
現在TOBE所属の三宅健さんですが、以前はジャニーズ事務所に所属し、V6のメンバーとして活躍していました。
いつまでも若々しい見た目ですけれど、2024年7月で45歳になるんですね!
1993年にジャニーズに入所しているそうなので、芸歴31年のようです。(2024年5月時点)
ここでは、三宅健さんのジャニーズ入所にまつわることを以下の順番に紹介していきます。
- 三宅健のジャニーズ入所日と入所理由・きっかけ
- 三宅健の入所当時の年齢と履歴書写真
- 三宅健のジャニーズ入所当時の写真や様子
三宅健のジャニーズ入所日と入所理由・きっかけ
三宅健さんのジャニーズ入所日は1993年5月4日で、親戚の薦めで履歴書を送ったことが入所のきっかけです。
- ジャニーズ入所日:1993年5月4日
- 入所の理由(きっかけ):親戚に入所をすすめられた
2017年8月9日フジテレビ系「TOKIOカケル」で三宅健さんは入所のエピソードを話しています。
三宅健さんは、親戚のおばさんからの薦めで履歴書を提出したら、2日後か3日後に当時の社長から直接電話がかかってきたそうです。
その時の電話でSMAPのコンサートに誘われたので行ってみたら、「たたずむ少年たち」の役で出演することになりました。
同日に私服のまま雑誌撮影にも参加したそうです。
このエピソード、なかなかすごいですよね!
「履歴書を送って何年かしてからオーディションの連絡がきた」というのは聞いたことがありますが……。
履歴書を提出してすぐに、オーディションをせず入所。
入所日当日に舞台に上がり、雑誌撮影もこなしているんです。
V6と言えば、ジャニーズでも本格的なダンスや歌で定評がありましたが、三宅健さんにこんな入所エピソードがあったなんて驚きでした。
三宅健の入所当時の年齢と履歴書写真
三宅健さんのジャニーズ入所時の年齢は14歳で、履歴書の写真は公開されていないようです。
オーディション免除で入所した三宅健さんですから、履歴書の写真は気になりますよね。
公開されていないのは少し残念ですが、すでにTOBEへ移籍してしまった今、履歴書は残っていないでしょう。
今後、ジャニーズ事務所入所時の履歴書写真が公開される可能性はほとんどないと思われます。
三宅健のジャニーズ入所当時の写真や様子
【引用元】https://bunshun.jp/articles/-/61105?page=2#photo_2
三宅健さんのジャニーズ入所当時の写真を探してみましたが、公式的なものは見つけられませんでした。
個人の方が雑誌の写真をインターネット上にあげているものはありましたが、本人や雑誌社の許可が取れているのかわかりませんでした。
ジャニーズ事務所は画像のネット上での使用にとても厳しい時期が長かったですし、当時はInstagramなどもないですから、本人が写真を提供しない限りは難しいかもしれません。
こちらの写真は入所当時のものではなく、三宅健さんが17歳の時のものです。
現在のプロフィール写真を見ると、あまり変わっていないような気がするのは私だけでしょうか。
※現在のプロフィール写真は冒頭の画像です。
三宅健さんは、ビジュアルが良すぎて、入所当時はダンスレッスンを免除されていました。
そうか、そういえば健くんってオーディション無しで受かったスーパーエリートだった……。
「Youはビジュアルで行くから」
ってジャニーさんが言ったのも頷けるくらい今のビジュも神ってるけど、ダンスも一生懸命極めてくれて本当に感謝してる……。
健くんのダンス、この世で一番好きなんだ……。— 宝☆ (@xTakara_vxx) November 28, 2021
当時の社長から「ビジュアルでいくから」とダンスレッスンを免除されるって、かなり異例でしょう。
でもそこでダンスレッスンを免除され続けているだけの三宅健さんではなかったのです。
森田剛さんがダンスが上手だったので、三宅健さんも自ら希望してダンスレッスンを受けるようになりました。
森田剛さんとの出会いが、ダンスで定評のあったV6を導いたとも言えるようなエピソードですね。
元V6三宅健の同期と尊敬する先輩
三宅健さんの同期と尊敬する先輩について調べてみました。
この章では、以下の順に三宅健さんのジャニーズ事務所にいた頃の人間関係について解説していきます。
- 三宅健の同期のジャニーズメンバーは誰?
- 三宅健の一つ上の先輩と1学年下の後輩
- 三宅健がジャニーズ当時に仲がよかったジャニタレ
三宅健の同期のジャニーズメンバーは誰?
三宅健さんの同期のジャニーズメンバーはいないことがわかりました。
三宅健さんは異例のオーディション無しで入所しています。
1993年5月4日の入所者について調べてみましたが、出てきませんでした。
1993年入社の「ほぼ同期」について調べてみましたが、こちらもはっきりとわかりませんでした。
というのも、森田剛さんの入所年が1993年説と1992年説があるからです。
森田剛さんご本人が、入所時のことをあまり覚えていないそうなので、今後も森田剛さんの入所年が明らかになる可能性は低いでしょう。
また、既に退所しているジャニーズメンバーについての情報があまり残っていないため、「ほぼ同期」もわかりませんでした。
三宅健の一つ上の先輩と1学年下の後輩
三宅健さんの一つ上の先輩は元V6の森田剛さんで、1学年下の後輩は嵐の大野智さんと元V6の岡田准一さんです。
森田剛さんの入所年が1992年なのか1993年なのかがはっきりしません。
ただし、三宅健さんの入所日(1993年5月4日)よりも前に入所していることは確かで先輩になります。
そのため「一つ上の先輩」に森田剛さんをあげました。
また、「1学年年下の後輩」についてです。
三宅健さんが入所した日が1993年5月4日ですから、「1994年4月2日から1995年4月1日」に入社した人を探してみました。
大野智さんが1994年10月16日に、岡田准一さんが1995年3月1日にジャニーズ事務所に入所しています。
岡田准一さんは、三宅健さんと同じグループに所属することになりますから、同じ世代、同じような時期にジャニーズに入所したことは感慨深いですね。
三宅健がジャニーズ当時に仲がよかったジャニタレ
三宅健さんがジャニーズ当時に仲がよかったジャニーズタレントは滝沢秀明さんです。
現在TOBEの代表をしている滝沢秀明さんは、1995年にジャニーズ事務所に入所しています。
三宅健さんから見ると2年後輩にあたり、年齢も約2歳年下です。
三宅健さんは雑誌の取材で「仕事の場で友達を作ろうという意識がなかった」と言っていました。
ですが、滝沢秀明さんに対しては「友人」という言葉がしっくりきていたそうです。
2019年7月21日放送のテレビ朝日系「相葉マナブ」でも、三宅健さんは滝沢秀明さんがジャニーズで唯一「友達っぽい」と話していました。
「引退しちゃったからさ」とも。
三宅健さんと滝沢秀明さんにはさまざまなエピソードがあります。
- 三宅健さんが滝沢歌舞伎出演を決めたのは、滝沢秀明さんをジャニーズJr.(ジュニア)の時のような笑顔にしたかったから。
- 滝沢秀明さんは、ジャニーズJr.に三宅健さんに積極的に話しかけるように指示をし、ジャニーズJr.と三宅健さんが自然と交流できるような配置をしていた。
- 2016年の滝沢歌舞伎の曲「LOVE」の歌詞は、不器用な滝沢秀明さんが想いを伝えられるような歌詞を、と考えて三宅健さんが書いた。
(作曲は滝沢秀明さん)
※滝沢秀明さんが照れくさくて親孝行ができていないことを三宅健さんが知ったことによる。 - 2人で結成した「KEN☆Tackey」というユニットは「趣味」と答えていた。
- 2011年3月11日の関東大震災のボランティア活動を一緒におこなって話すようになった。
エピソードを一部紹介しました。
三宅健さんと滝沢秀明さんは、2016年から2018年までの3年間、滝沢歌舞伎で共演しています。
三宅健さんのおかげか、滝沢秀明さんの笑顔が増え、出演者全員が楽しんで公演をしたそうですよ。
2人のユニット、KEN☆Tackeyは「趣味」と答えていたそうですが、その答えの底にも大きな意味があるのかもしれません。
お互いに思いあっていて、とても良い関係ですね。
三宅健がジャニーズで尊敬する先輩
三宅健さんがジャニーズで尊敬する先輩はSMAPです。
2022年2月13日放送の日本テレビ系「シューイチ」で、ジャニーズJr.の頃にバックダンサーもしていたこともありSMAPは自分の青春時代そのもの、と答えています。
SMAPはジャニーズでありながらバラエティもやるというスタンスでした。
今では普通のことですが、SMAPはアイドルがバラエティをする、という道を切り開きました。
三宅健さんにとってSMAPは特別な存在だったようです。
こちらのYouTubeでは三宅健さんは、SMAPに勝てるアイドルはいない、SMAPのサブスクが欲しいな、と言っています。
雑誌では尊敬している先輩としてSMAPの中居正広さんをあげていて、時々髪型など木村拓哉さんをマネしていたそうです。
上のYouTubeを見ると、中居正広さんに限らずSMAPを偉大な先輩と見ていることがわかります。
2024年4月16日放送のラジオ「THE TRAD」(TOKYO FM)で、三宅健さんは元SMAPの稲垣吾郎さんと共演しました。
このYouTubeでは、稲垣吾郎さんがパーソナリティをつとめるラジオについて話しています。
ラジオでの共演時に、稲垣吾郎さんの連絡先を聞けなかったことを悔やんでいました。
他にもSMAPメンバーの連絡先交換に関してのエピソードがあります。
- SMAPメンバーで最初に連絡先を交換したのは草彅剛さんだった。
三宅健さんのお母さんと草彅剛さんが交流があり、お母さんが亡くなったことで「何かあったら」と連絡先を教えてもらった。 - 被災地へ行った時に、木村拓哉さんからLINEのQRコードを聞かれて、連絡先を交換した。
- 木村拓哉さんのYouTubeチャンネルを見た感想を送って「あざっす」と返事が返ってきた。
- 中居正広さんの連絡先を聞き出す勇気が出ず、3度楽屋に行ってやっと連絡先の件を切り出した。
上記のエピソードですが、中居正広さんの連絡先は、その時は教えてもらえませんでした。
本人から教えてもらえなかったため、三宅健さんは台本の端に自分の携帯電話番号を書いてちぎって置いて帰ったのです。
それから2年くらいしてから、三宅健さんがジャニーズ事務所を退所する日のインスタライブ中に、中居正広さんから電話がありました。
台本の切れ端に書いた三宅健さんの携帯電話の番号、中居正広さんはちゃんと持っていた(登録していた)のです!
そっけないようですが、「ここ!」というところで連絡をくれる心遣い。
三宅健さんも「一生忘れない」と嬉しそうにしていたそうです。
元SMAPの皆さんは今でも活躍していますから、今後共演の機会が増えると良いですね!
元V6三宅健のジュニア時代エピソード
元V6三宅健さんはジャニーズJr.(ジュニア)時代もとても人気がありました。
ここからは、以下の内容で、三宅健さんのジャニーズJr.時代を紹介します。
- 三宅健はジャニーズJr.期間が短い
- 三宅健は森田剛と「剛健コンビ」で人気
- ジャニーズJr.として初のジュニア単体でコンサートも
- V6は剛健人気を不動のものとするため結成!?
三宅健はジャニーズJr.期間が短い
三宅健さんはジャニーズJr.期間が短いことでも知られています。
三宅健さんが入所したのは1993年5月4日ですが、V6としてCDデビューをした日は1995年11月1日です。
ですから、入所してわずか2年半でCDデビューをしていることになります。
現在と30年前と状況は違いますが、2年半は当時としてもデビューまでの期間が短い方になります。
V6は、森田剛さんや岡田准一さんもジュニア期間が短く、特に岡田准一さんは入所してから約3か月でデビューしています。
三宅健は森田剛と「剛健コンビ」で人気
元V6の三宅健さんと森田剛さんは「剛健コンビ」として大人気でした。
雑誌のJr.ランキングの記事を見たことがありますが、三宅健さんと森田剛さんは「恋人にしたいランキング」で同率1位になっていました。
1995年の記事でしたが、毎回1位と2位だったそうなので、かなり人気があったことは確かです。
他にも「友達にしたいランキング」で森田剛さんが1位、三宅健さんが2位の記事も見たことがあります。
「ジャニーズJr.黄金期」の先駆けとなったのが「剛健コンビ」でした。
このように人気になったのも、三宅健さんと森田剛さんが仲良くなり、シンメ(立ち位置が左右対称となる2人組)になってSMAPのバックで踊っていたからです。
三宅健さんがダンスレッスン免除に甘んじず、自らお願いしてダンスレッスンを受けていたからシンメとして「剛健コンビ」が人気になったのでは、と思います。
ジャニーズJr.として初のジュニア単体でコンサートも
三宅健さんと森田剛さんがジャニーズJr.だった時、剛健コンビをメインボーカルとしてジャニーズJr.単体で初めてのコンサートを実施しています。
(1995年7月27日公演「夏だ!祭りだ!こどもカーニバル」新高輪プリンスホテル飛天)
ジャニーズJr.と言えば、当時はデビュー前の下積みバックダンサーというイメージがありました。
初のJr.単独コンサート開催の背景は、当時の社長ジャニー喜多川さんが三宅健さんと森田剛さんの人気の様子を見て企画したことにあります。
出演したジャニーズJr.には、のちにV6として一緒にデビューする坂本昌行さんや、長野博さん、井ノ原快彦さんがいました。
坂本昌行さんはこの時は24歳で大先輩。
剛健コンビをメインに、先輩Jr.がバックをつとめるという状況だったことが、三宅健さんと森田剛さんは気まずかったそうです。
他にも、のちのテレビ朝日系テレビ番組「8時だJ(ジェイ)」に出演するメンバーもいました。
※「8時だJ」はジャニーズJr.がメインのバラエティ番組で、この番組の放送時がジャニーズJr.黄金期と呼ばれていました。
「8時だJ」は毎週水曜日夜8時に放送していた人気番組でした。
剛健コンビがジャニーズJr.としての人気を確立していなかったら、ジャニーズJr.黄金期はなかったかもしれません。
もっと言えば、現在は当たり前のようにデビュー前にジュニアがコンサートを行いますが、剛健コンビがいなかったら、ジュニアにスポットライトが当たるようにはならなかったかもしれません。
そう考えると、ジャニーズJr.にスポットを当てるきっかけになる三宅健さんと森田剛さんはかなりの逸材だったことがわかります。
V6は剛健人気を不動のものとするため結成!?
V6は剛健(森田剛さん・三宅健さん)人気を不動のものとするため結成したのかというと、必ずしもそうとは限らないと思われます。
というのも、当時の社長は、三宅健さんと森田剛さんを同じグループでデビューさせるつもりはなかったからです。
つまり「剛健コンビ」はなくなっていたかもしれないということですね。
ですが、元V6の岡田准一さんがラジオで、剛健人気を不動のものとするためにV6が結成されたようなもの、というようなことを言っていたそうです。
私の解釈ですが、その当時の剛健コンビの勢いがジャニーズJr.としてはすさまじく、その流れを使って大スターにしていこうという動きがあったのではないかと思います。
つまり、剛健コンビの人気を不動のものにするためにV6を結成したわけではなく、バレーボールサポーターとして結成が決まったV6(特にComing Century)を剛健コンビの勢いに乗せていこう、ということです。
2017年8月9日フジテレビ系「TOKIOカケル」で三宅健さんはV6が結成した時のことを話しています。
昨日のTOKIOカケル観てて、V6って三宅健くんがメンバー決めたようなモノなんだね…グループのデビューってこうやってメンバー決まってるのかと。
— るぎか (@bluerose_sty) August 10, 2017
V6結成前の9月頃に、当時の社長ジャニー喜多川さんから三宅健さんを中心としたグループを組むことを打診されました。
その時のメンバーに森田剛さんはいなかったそうです。
三宅健さんは、森田剛さんが一緒ならいい、と答えたのですが、社長からは「剛いれちゃうとYOU一番になれないよ?」と言われたのだとか。
それでも三宅健さんは、森田剛さんも一緒じゃなければやらないという考えを貫き通して森田剛さんもV6のメンバーになりました。
グループ結成がデビューへの第一歩という考えがありますが、三宅健さんはグループやデビューよりも森田剛さんと一緒にやることを選択したのです。
こういったエピソードから、剛健コンビ人気を不動のものにするためにV6を作ったのではなく、三宅健さんが「森田剛さんと一緒ではないとグループを組まない」というスタンスを貫いたことからV6のメンバーが決められたということになります。
三宅健のジャニーズ退所理由やTOBE移籍の経緯も
三宅健さんがジャニーズ事務所を退所した理由やTOBE移籍への経緯も気になりますよね?
ここからは、三宅健さんのジャニーズ退所理由と事務所移籍について以下の順に解説していきます。
- 三宅健のジャニーズ退所理由
- 三宅健のタッキー事務所TOBE移籍への経緯
三宅健のジャニーズ退所理由
三宅健さんのジャニーズ退所の理由は、挑戦を続けるための次のステージへ向かうために場所を変えることが必要だったからです。
こちらは、TOBE移籍後最初のYouTube生配信動画です。
こちらの動画内で、三宅健さんは仕事への価値観について話しています。
三宅健さんは、スティーブ・ジョブズのインタビュー記事の「とにかく自分が愛せる仕事を見つけてください」という言葉に感銘を受けたようです。
自分の仕事を愛し続けていくためには、場所を変えて挑戦し続けることが必要だと考えたようでした。
三宅健のタッキー事務所TOBE移籍への経緯
三宅健さんがTOBEに移籍した経緯はわかりませんでした。
三宅健さんはどういう経緯でTOBEに移籍したのでしょう。
TOBE社長の滝沢秀明さんから誘われたのでしょうか。
それとも、三宅健さんから滝沢秀明さんに移籍の相談をしたのでしょうか。
TOBEの公式YouTubeで、三宅健さんはTOBEへ移籍した理由を話しています。
「同じ志を持った者同士、新しい可能性を探求できると感じました」。
「同じ志を持った者同士」というのは滝沢秀明さんのことだろうと思います。
三宅健さんがどういった経緯でTOBEへ移籍したのかはわかりませんが、TOBE社長の滝沢秀明さんと一緒なら、新しい自分に出会えると感じたのでしょう。
三宅健さんがジャニーズ事務所に固執する理由は、もはやありません。
所属していたグループ(V6)は解散し、憧れのSMAPも解散。
ジャニーズ事務所で唯一友人と呼べる滝沢秀明さんも退所しています。
その滝沢秀明さんがTOBEという芸能事務所を立ち上げたのですから、誘われたにしろ、自分からもちかけたにしろ、「一緒にやりたい」と思うのは想像できます。
V6結成前に、三宅健さんがデビューよりも森田剛さんと一緒に活動することを選んだように、ジャニーズ事務所よりも滝沢秀明さんと一緒に仕事をすることを選んだのでしょう。
きっとファンのことは悩んだことと思いますが、「自分の仕事を愛し続けるため」に自分で考えて行動に移したのだと思いました。
まとめ
この記事では、元V6三宅健さんのジャニーズ入所日や同期・ジュニア時代についてご紹介しました。
三宅健さんは、オーディション無しの履歴書だけでジャニーズ事務所に入社した、いわばスーパーエリート。
ジャニーズタレントでは、滝沢秀明さんと仲が良く、今でもSMAPを尊敬しています。
V6結成前から三宅健さんと森田剛さんの人気はすさまじく、「剛健コンビ」と呼ばれ初めてJr.だけでコンサートを開くほどでした。
三宅健さんは今後も挑戦し続け新たな自分に出会うため、滝沢秀明さんが社長をつとめるTOBEへ移籍。
現在も精力的にアイドルとして活動しています。
今回、三宅健さんのYouTubeやXのポストをたくさん見ましたが、とても素直な方だと思いました。
40代になってもまだまだチャレンジをし続ける三宅健さんが、今後どのようなアイドルになっていくのか注目です。